ガゾーログ

blogで担当科目のe-Learningと
棒ラーメンを支援すべくやっております。

疎開児童と新茶
 第二次世界大戦、終戦間際なのか期間は定かではないですが、うちではお座敷があってわりと部屋数が多かったので、東京の杉並、高井戸第二小学校の生徒を疎開児童として受け入れ、家族でお世話してました。周辺の地区も高井戸三小の疎開を受け入れていたので、栗原は杉並区高井戸の小学校が割当られていたのかもしれません。
 当時、疎開児童を引率していた先生がずっとうちに新茶を送ってくれていました。かわいいお茶箱に入った新茶が毎年届くので、子供の頃は、親戚のだれかから送ってもらってるんだろうなと思ってましたが、その後、戦争や疎開児童のことを知り、そのときの先生からだよと親に教えられ、そういうことだったんだとやっと理解したものです。
 2年ぐらい前に、京都在住のライターの人がこのへんの疎開児童を受け入れた家を訪ね歩いていて、うちにも来ました。(>>高井戸小学校の疎開児童の取材、栗駒と高井戸のつながり

引率していた先生がお亡くなりになったあとも、毎年ご子息からお茶をお送りいただいております。戦後65年、今年も新茶が先生のお宅から届きました。お返しに今年は何を送るんだろうか。
| k-gazou | ボソリ‥ | 23:17 | comments(0) | - |
高井戸小学校の疎開児童の取材
昨日の昼頃、控えめな物腰のおじさんが、訪ねてきました。
地元の感じじゃないなと思いながら、「なんでしょうか?」と
聞けば、「実は、戦時中、杉並の高井戸第2小学校の児童が、この地域に疎開して、お世話になり、その件で、取材してまわっているのです」ということでした。
前にも「栗駒と高井戸のつながり」で書きましたが、うちで疎開児童を受け入れてたということを母から聞いていたので、
まずは、「疎開のこと、聞きたいんだって」と母を呼び、話をしてもらうことに。

おじさんの名刺にはフリーライターとあり、奈良から来たとのこと。地区内のビジネスホテルに宿泊し、疎開の受け入れの窓口になっていたお寺から、戦時中の疎開児童と関連のある場所を聞いて、めぐり歩き、うちにも取材にきたというわけです。

奈良から来たんですかー。とちょっと私も話を聞いてみました。
地震で被害大きかった、栗駒地区にも、戦時中疎開に来ていたらしく、そちらは、高井戸第3小学校の児童だったということです。栗駒の避難所には、すでに高井戸3小のひとたちが、訪問したようですが、知らなかったなー。報道には出なかったんですかね。

戦時中は、宮城県全域に、東京の小学生が疎開してきたようで、鳴子温泉や、遠刈田の鎌先温泉などにも疎開していたそうです。当時衛生状態が悪く、感染病とか広がってしまったと聞きました。

疎開児童は、引率の先生が、明るく優しいキャラだと、その思い出は、戦時中ながら楽しい思い出となり、そうでない厳しい先生だと、つらい思い出になりがちなんですと言ってました。
引率の先生で、すいぶん変わるんですよーということでした。

うちの地区は、食料は多くはなかったですが、白米をちゃんと食べることができたのが、特筆すべきことだそう。この辺は、田んぼがいっぱいの穀倉地帯ですからね。
山あいの温泉地などでは、食糧難で、たいへんだったとのこと。

疎開先によって、食べ物がだいぶ違ったわけです。食糧難で、生きるか死ぬかの時代でしたからね。昨夜は、暴飲暴食を久々にしてしまい、反省してます。
来月、終戦記念日を迎えますが、毎年このころになると、戦後〜年とか、戦時中の話題が、マスコミ等に出てきますね。
| k-gazou | ニュースから | 20:49 | comments(2) | - |
栗駒と高井戸のつながり
ひょんなことから、地震被害の大きかった、栗駒と東京の杉並区高井戸のつながりを知りました。
きっかけは、オダギリミックスさんの、岩手・宮城内陸地震のお見舞い記事
私が参加してる市民活動サイト、くり1000のオダギリジョー主演、「東京タワー〜」ロケ地の報告写真で、以前からオダギリミックスさんとコメントやり取りしていました。

で、オダギリミックスの地震の記事に、ロケ地繋がりで、「転々」という映画のロケ地、高井戸の方から、実は、高井戸第3小学校は、戦時中、栗駒(旧栗駒町)に疎開していたことから、給食に栗駒のお米を食べたり、児童が栗駒キャンプにきたり、高井戸三小に行ったりと、今でも、交流があるようです。

栗駒山


母に、疎開児童のことを聞いてみれば、なんと、うちでも高井戸2小の先生、児童合わせて20人を疎開児童として受け入れて、一緒に過ごしたそうです。当時、家はお座敷の小料理屋をやっており、部屋がいくつかあったので、お世話したのでしょう。うちの町は、食料も比較的入手しやすく、戦火も届かない地区でしたし、料亭や、旅館など、疎開児童を収容できるところ、たくさんありましたから。

そんなことで、我が家でも、疎開されていた先生のお宅と、いまでも交流があるそうで、「あの新茶送ってくれる人は、疎開つながりだんだー」と気がつきました。当時疎開児童だった方々も、懐かしの疎開先として、かつて家を訪問してくれたことがあったそうです。

ということで、戦時中、旧栗原郡には、高井戸から、ずいぶん疎開にきていたんじゃないかなと思いました。古くからの飲食店、旅館など、疎開児童のお話を聞いてみようかな。
家には、疎開当時の写真なんかありませんが、市の教育委員会や、町村史の関連に記録写真あるような気がします。

さて、高井戸第3小学校と栗駒のつながりですが、高井戸3小PTA主催で、毎年6月、栗駒バザーというのを行うそうです。今回は地震のこともあり、より栗駒復興応援色の強いイベントになるようです。第二次世界大戦から、長い年月を経て、今なお続く、高井戸と栗駒の町のおつきあいには、歴史ある重みを感じますし、子どもたちの交流がいいな、と感じます。

以上、栗駒と高井戸のつながりでした。

転々 プレミアム・エディション
転々 プレミアム・エディション
三木聡,小泉今日子,オダギリ ジョー,岸部一徳,岩松了,三浦友和,石原良純,笹野高史,ふせえり: 松重豊,吉高由里子
| k-gazou | ニュースから | 06:38 | comments(7) | - |

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